◆帝メモ。


◆左上から。

57 陽成帝。
名前、貞明(サダアキラ)。別称・陽成院。
誕生日・12月16日。在位8年。(基経により辞めさせられる形で。表面上は病気で。)

・平安時代でも屈指のビックリ帝王。生後3ヶ月足らずで立太子、退位時の年齢が15歳。
その後、約80歳まで生きる。
暴君とも言われ、宮中で殺人を犯したことから物狂いの帝王とも。
(でも、それが、基経が退位においこむための噂とも。自身の意向に沿う光孝帝を擁立したとも)

・馬が好き。大内裏でこっそり飼ったり、馬で人の家荒らしまくったり(行幸)、
朝廷への土産が馬だったり、とにかく平安の馬ラブ暴走族。

・つくばねの峰よりおつるみなの川 恋ぞつもりて淵となりける
生涯一首のみ、妻に。(ちなみにその妻は宇多の妹w)
・宇多帝と年齢が一個差。絶対仲悪かったと思う。

58 光孝帝。
名前、時康(トキヤス)。別称・小松の帝
在位4年。(老齢・55歳での即位のため。崩御されるまでの4年間のみ)

・在位する前はもちろん、親王として生活してたが、質素な生活をし、
温厚にして、聡明、もうパーペキの帝王。
『三実』にも「天皇少くして聡明、好みて経史を読む。
容止閑雅、謙恭和潤、慈仁寛曠、九族を親愛す。性、風流多く、尤も人事に長ず」とある。

・しかも、「徒然草」に即位後も炊事を自分でしたとある。なんと!家庭的(笑)
・大鏡のエピソードからもうホントにこの人出来過ぎですよ!

・百人一首の歌も素敵です。
君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ

・崩御する際に、次の天皇を宇多に、という指名・遺言のため、
基経はせっかく出会えた最高の天皇との別れを悲しみ、せっせと宇多をセンソさせた。

・ちなみに基経と光孝帝は、前世から約束された仲、サダメらしいです(笑)仲良し。大鏡より。

59 宇多帝。
名前、定省(サダミ)。別称・寛平法王、亭子の帝。
在位8年(いろいろあって天皇になり、出家したかったらしくすぐに上皇にジョブチェンジ。)

・元遊び人貴族。様々な所で遊んでたようです。元は亭子院に住んでいた(市が近いw)

・小さいときから出家したいと言って乳母を困らせたり、彼の業平と相撲してハッスルしたり、
鷹狩で遊び歩いたり、時の権力者基経のヘソを曲げさせたり、
偏屈学者を寵愛したり、醍醐帝に政治を任せて出家したり、
面白そうな宮廷儀式を復活させたり、政治の中心を全員連れて吉野に行幸にいったり…
書ききれないほどのカリスマ(笑)天皇。

・光孝帝から頂いた黒猫がお気に入りで、常に人生の真ん中にある。猫好き。
・日記はぜひ一読して欲しいくらい面白い。こんな感情バリバリだしてる帝も珍しい?と思う。

60 醍醐帝。
名前、敦仁(アツギミ)。別称・延喜の帝。
在位33年。(4人の中では在位年間最高…他3人が特殊なだけですね。)

・笑顔をたやさない(キャッチフレーズ)延喜年間の帝。
・変なエピソードから、民を思うエピソードまで、なかなか逸話話が多い帝王。
・鳥大好き。

・出家したはずの宇多帝の子をあずかったり、勝手にお供つけずにでかけたりするので、
もーなにやってんの父上!と思いながらも大切に思ってる。というか慣れた。

・反抗(?)が如実に現れたのは、道真左遷の時。これは、時平一派にくるめられてるのも一説。
でも、晩年、病気の醍醐の変わりに政治を見てあげる宇多パパかっこいい。

・宇多帝が道真(右大臣)と、醍醐帝は時平(左大臣)と組んでるイメ。